自動販売機の内部では、主制御部と各種デバイス(硬貨識別機、紙幣識別機、商品排出機構など)間の通信が行われています。この通信を制御するためのプロトコル(通信規格)として、主に「JVMA方式」と「MDB方式」の2つが広く使われています。これらの制御方式について詳しく解説します。
目次
JVMAとは
JVMA(Japan Vending Machine Manufacturers Association)は日本自動販売機工業会が策定した日本独自の自動販売機向け通信規格です。日本国内のほとんどの自動販売機で採用されているスタンダードな方式です。
JVMA方式の特徴
- 専用のシリアル通信プロトコル:
- 自動販売機の主制御部と周辺機器(コインメック、ビルバリ等)間で行われる通信に使用
- 4800bpsの通信速度でシリアル通信が行われる
- 主制御部と各端末間の通信では、「同期信号」を送受信するための専用の制御線を使用
- 物理的な通信線:
- 通常、同期線、送信線、受信線の3本の通信線と電源線で構成
- 送信線と受信線はオープンコレクタ方式で接続されている
- 24Vおよび8Vの電源線も備えている
- 通信シーケンス:
- ポーリング/セレクティング方式による制御
- コマンドは上位5ビットが通信相手のアドレス、下位3ビットが通信の種類を示す
- 通信開始前に同期信号を送信し、コマンドとデータを区別
- コマンド送信後にはACK信号が返される
- 閉鎖的な規格:
- 詳細仕様はJVMA会員企業のみに公開
- 非会員は仕様にアクセスできず、新規参入の障壁となっている
MDBとは
MDB(Multi-Drop Bus:マルチドロップバス)は、主に北米やヨーロッパで普及している自動販売機の通信規格で、全米自動販売協会(NAMA)が1980年代に発案しました。国際標準規格として世界的に採用されています。
MDB方式の特徴
- オープンな規格:
- 仕様が公開されているオープンソース
- 誰でもMDBの仕様に沿って自動販売機システムを構築可能
- カスタマイズの拡張性と自由度が高い
- 物理的な通信方式:
- マスター/スレーブ型のシリアル通信
- 9600bpsの通信速度(JVMAより高速)
- 一つのバス上に複数のデバイスを接続可能(マルチドロップ)
- アドレス体系:
- 各デバイスに固有のアドレスが割り当てられる(0〜31)
- コインメック、ビルバリ、カードリーダーなど機能ごとに標準アドレスが定義
- コマンド構造:
- 宛先アドレス、コマンド、データ長、データ、チェックサムで構成
- データ検証機能を内蔵し、通信の信頼性が高い
JVMA方式とMDB方式の違い
1. 普及地域
- JVMA:日本国内でのみ普及
- MDB:北米、ヨーロッパ、中国など世界各国で普及
2. 仕様の公開
- JVMA:協会会員企業のみに仕様が公開(閉鎖的)
- MDB:仕様が公開されており、誰でもアクセス可能(開放的)
3. 拡張性と互換性
- JVMA:日本国内での互換性は高いが、国際規格との互換性はない
- MDB:拡張性と自由度が高く、世界中の様々な機器と互換性がある
4. 技術的な違い
- JVMA:同期信号線を使用、4800bpsの通信速度
- MDB:マルチドロップ方式、9600bpsの通信速度
5. 採用機器の例
- JVMA:日本国内の飲料自販機、食券券売機など
- MDB:海外輸入自販機、一部の国内自販機(海外メーカー製や輸入改修品)
制御方式から見る自販機ボタンの仕組み
自販機の押しボタンの制御も、これらの通信規格と密接に関連しています。
JVMA方式での押しボタン制御
JVMA方式では、押しボタンのインターフェースは主制御部に直接接続されるか、専用の入力ボードを経由して接続されます。ボタンが押されると、主制御部がそれを検知し、以下の処理が行われます:
- ボタン押下情報が主制御部に送られる
- 主制御部がJVMA方式で商品収納部や冷却機構に指示を出す
- 必要に応じて主制御部がコインメックやビルバリに対してJVMA方式で釣銭処理などの指示を行う
特徴的なのは、JVMA方式では同期信号線を使用するため、ボタン操作に対する応答性が保証されている点です。これにより、ボタンを押してから商品が出るまでのタイミングが安定しています。
MDB方式での押しボタン制御
MDB方式では、押しボタンインターフェースは通常、主制御部(VMC: Vending Machine Controller)に接続され、決済機器とは別系統で制御されます:
- ボタンが押されると、その情報がVMCに送られる
- VMCは商品価格とボタン選択を照合
- VMCはMDBプロトコルを使用して決済機器(コインメック、ビルバリ、カードリーダー)に必要金額の確認・引き落としを指示
- 決済確認後、VMCは商品供給機構に指示を出す
MDB方式の特徴は、決済処理が標準化されており、異なるメーカーの決済機器を簡単に交換・追加できる柔軟性があることです。そのため、キャッシュレス決済の追加などが比較的容易に行えます。
自販機制御技術の今後
現在、日本国内では依然としてJVMA方式が主流ですが、グローバル化やキャッシュレス決済の普及に伴い、MDB方式の採用も徐々に増えつつあります。
特に以下のような場面でMDB方式の採用が進んでいます:
- 海外メーカーの自販機を日本市場に導入する場合
- 多様な決済手段(クレジットカード、電子マネー、QRコード決済など)に対応したい場合
- グローバル展開を視野に入れた自販機システム開発の場合
一方で、日本国内のMDB対応エンジニアの不足や、日本特有の決済システムとの連携の難しさなどから、JVMA方式からMDB方式への完全な移行はまだ時間がかかると考えられています。
今後は両方式が共存しながら、徐々にオープンな国際規格であるMDB方式へのシフトが進んでいくでしょう。そして、それに伴い自販機の押しボタンシステムも、より高度なタッチパネルやスマートフォン連携機能を備えたインターフェースへと進化していくと予想されます。
まとめ
自動販売機の制御方式であるJVMAとMDBは、それぞれの特徴と利点を持っています。JVMA方式は日本国内での安定性と互換性に優れる一方、MDB方式は国際的な互換性と拡張性に優れています。これらの制御方式の理解は、自販機の押しボタンの仕組みをより深く知るうえでも重要な視点となります。
自販機の押しボタンが単なるスイッチではなく、洗練された通信プロトコルに基づいたインターフェースの一部であることを理解することで、自販機技術の奥深さがより一層感じられるでしょう。
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